そして、ダライ・ラマ9世の頃になると、この「ダライ・ラマ制度」の欠陥が
はっきりとしてくる。
そもそも、何も知らない子供をつれてきて「ダライ・ラマの生まれ変わり」
だと言っても、そんな小さな子供がすぐに政治を摂りしきれるわけがない。
その子をきちんと教育して、その子が育つまでの間、国をしきる人間が必要である。
それはたいてい、その生まれ変わりの子供を見つけてきた僧が、その役を担う。
つまり、生まれ変わりを連れてきた僧は大きな権力を握ることができる。
だから、ダライ・ラマが死んだ瞬間に、みんな必死で生まれ変わりを探しに行く。
そして、みんな一斉に連れてくる。
そこで、しかたなくルールを決めて、選抜試験をするようになった。
それはクイズ形式で、「ダライラマが生前使っていたものはどれでしょう?」と、
あてずっぽうにやっても当たるような選択問題だ。
そのうち、どんどん不正がはじまる。
試験問題の流出はまだいい方で、暗殺が当たり前のように横行し始める。
実際に、9世~12世までは、立て続けに若いうちに死んでいる。
このあまりに不自然な連続死は、毒殺だと考えるのが妥当だろう。
ちなみに、先代の「13世」は長生きした。
彼は非常に用心深い性格だという記録が残っており、自分の信用できる
側近が毒見した食事しかとらなかったのだ。
以上のように、歴史的にチベット仏教をながめてみると、西洋の貴族たちの
権力闘争のようなミットモナイ非喜劇が、チベットの山奥でも同様に
起きていたことがよくわかる。
「チベット」と聞くと、なにやら神秘的で「本物の教えがあるところ」
という印象を抱きがちだが、なんのことはない、実際には「輪廻転生」制度
というあからさまなフィクションと、どこの国にも見られる身も蓋もない
現実があるだけだ。
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