著書『透明を満たす』のなかで渡邊渚さんは、「アナウンサー」という仕事をするうえで抱いていた葛藤、そして、業界の古き慣習についても言及している。
仕事は本当に楽しく、天職だと思っていました。一方で、違和感もあった。それは、「アナウンサーは完璧でいなければならない」という会社内の風潮です。
たとえば新入社員のころ、「入社3年間は恋愛するな。アナウンサーは人気商売。現場のスタッフから好かれることが大事だから、
もし恋愛がバレたら、あなたを好んで起用していたおじさんたちが拗ねちゃうよ」と言われたことがありました。当時の私は、“女子アナ”とはそういうものだと思い込み、生真面目にその言いつけを守りました。
そもそも、恋愛する余裕もまったくありませんでした。朝の番組を担当していたため、毎日深夜2時台に起床し、さまざまな仕事をこなして帰宅するのは夜。休日は月に4日程度ということも珍しくなかった。
過労から「メニエール病」という耳閉塞感や聴力低下、めまいなどの症状が出る病気も発症しました。
それでも、「弱みを見せると仕事がなくなる」と教わっていたため、“我慢するしかない”という思考がどんどん加速していきました。
「飲みの誘いを断ると仕事がなくなる」。そう言われていたので、社内の有力者やタレントとの飲み会にも多忙な仕事の合間を縫って参加していました。
ある大物芸能人がいた飲み会では、その場にいた女性アナウンサーが卑猥な言葉を言わされるという場面もあった。
そういったことは多々ありましたが、テレビ業界はそういうものだと飲み込んだし、「断れば番組に使われなくなる」という恐怖から我慢するしかありませんでした。
フジテレビに変わってほしいという思いはありますか――。そう問うと、渡邊さんは目を伏せ、こう語った。
私はもうテレビの世界に関わろうとは思っていません。家にテレビもないくらいです。昨年10月に再出発を決めてから、テレビ業界とは決別というか……今までと違った世界で生きていこうと思っているので。
渡邊さんは昨年7~8月に開催されたパリ五輪を現地観戦。病気療養中だったため、彼女のSNSには批判が殺到した。現在も、渡邊さんのSNSには膨大な数の誹謗中傷が寄せられているという。
ただ正直、誹謗中傷にはあまり傷ついていません。
なぜなら、PTSDになったトラウマのほうが何倍もキツかったからです。ネット上の顔も知らない人に暴言を吐かれても、「そうか~そう思う人もいるんだ」と折り合いをつけるようにしています。
こう話すと、「強い人間だ」と思われるかもしれませんが、以前はそんなふうには考えられなかった。PTSDの治療の過程で徐々に自分の感情と向き合い、その振れ幅をコントロールできるよう努力してきました。
SNSで発信を続けているのには、「私の言論は誰にも止められない」という思いもあります。
https://news.yahoo.co.jp/articles/99b930465fde39e03e403...
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