ふむ
戦後、昭和20年8月15日以降に海外(満州など)からの引揚者は約660万人で全国の18の港に帰還した。
そのうちの数千人が中絶手術を受けたとされ約500人が中絶手術を受けた博多港では詳細な内訳が
記録されていて、5か月間の帰還者に行った中絶手術296名、地域別は満州が最も多く142名、ついで
北鮮90名、南鮮64名、二日市保養所が開設されていた9か月間のトータルで500名。
全国の引き揚げ港が18で中で舞鶴が引き揚げ者、中絶処置者も最も多かったという点から推察して
恐らくは6~8000名になると言われている。
他方、曾祖父の弟が戦死して戦後に戦友が訪ねてきて語ったという話を祖父から幾度と聞かされた。
最後は戦病で動けなくなり食糧、それは粟であったらしいが、それを置いて今生の別れとして別れたという。
その他にも戦争や戦火の悲惨なことなど戦争を知らない世代だけれども理解している。
だからこそ戦争は起こしてはならないし、それでも戦争を起こす輩が居る限り2度と悲惨な憂き目に遭わないよう
対峙して戦争状態に至らないようにすること、これこそが抑止という戦争回避の手段なんだな。
冒頭の件に関しては今現在もウクライナで行われているしコソボ紛争でも、また中国のウイグル自治区でも
今現在、絶賛横行中。
戦争を回避する手段として「戦争反対」を叫び、対峙する抑止力を否定する人達は、それがロシアに通用する
中国に通用するとでも思っているのかあ? という事よ。
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