鈴木早智子とのデュオで88年、「Sugar Baby Love」でデビュー。3枚目のシングル「愛が止まらない~Turn It Into Love~」がオリコン1位の大ヒットを記録し、突如として大人気者に。 また「淋しい熱帯魚」では日本レコード大賞に輝いた。2人は感情を顔に出さないパフォーマンスで、“笑わないアイドル”の異名を取ったが、それには2つの理由があったという。
そのあと別の事務所に移籍したんですが、結局、36歳の頃、リストラにあいましてね。まだ子どもも小さかったものですから、一念発起して起業したんです。それが1987年のころかな、現在のアップライトミュージックを設立したんです。そんなとき、ちょうどナベプロにいたころの同期が出版社『ワニブックス』で社長をやっていたこともあって、たまたまアイドル雑誌を眺めていたんです。すると、雑誌のなかにいるひとりの女の子に目が留まったんですね。それが、鈴木早智子。当時まだフリーだった彼女をまず引き取り、次に、その同期からスターダスト(プロモーション)の社長を紹介してもらって、相田翔子のマネジメント権を譲り受けました。そう、それで、Winkを結成させました。1988年4月のことです。でも、デビュー当初は鳴かず飛ばずでした。借金ばかりがどんどかさんで。当時4400万円くらい赤字が膨らんでいたかな。一人の男としてこれ以上いったらヤバいというラインですよね。それで、もう諦めかけていた矢先に、火がつきはじめたんですよ。あれは、シングル3作目の『愛が止まらない〜Turn It Into Love〜』、ドラマの主題歌にもなっていたね。